★島ことばの散歩道22

=横山晶子

◎敬いの心を伝える

 奄美・沖縄の言葉は国際的にも関心を持たれており、国外からも島ことばを学びに訪れる人がいる。ロンドン大学東洋アフリカ学院(SOAS)で、奄美大島の敬語を研究するマーサ・ツツイさんもその一人だ。

 マーサさんはALT(外国語指導助手)として、2012年から2015年,英語の先生として来日した。祖父が日本出身の日系アメリカ人として、日本に親近感を持って来日したが、日本では「溶け込みにくさ」を感じることもあった。しかし、沖縄に旅行した時、そのアットホームな雰囲気に心が溶かされた。人々は温かく、細かい時間を気にせず、ラフな服装で歩いている…。まるで生まれ故郷のカリフォルニアみたいだと思った。

 短い旅の後、奄美・沖縄の言葉を研究したい!と思うようになったが、奄美・沖縄には沢山(★たくさん)の島がある。どこに行こうか迷っていたところ、瀬戸内町でALTをしていた友人に「奄美大島は人も優しくて、とても良いところだ」と勧められ、瀬戸内町に行くことにした。古仁屋でホストファミリーも見つかり、2018年は3カ月、2019年は1カ月、島に滞在した。多くの地域の人の優しさに支えられ、マーサさんの調査協力者は、29歳~104歳まで、実に60人以上!

 マーサさんが研究テーマに選んだのは「敬語」、言葉が失われていく中で、人びとがどうやって敬意を示すかに興味があったという。シマグチは、今でも地域の中で、人と人とを繋げる共通言語としての力を持つ。ある40代の協力者は「シマグチを使うことで、親や先輩方との距離を一気に縮めることが出来る。年の離れた人と話す時には、ある種の壁があるが、シマグチを使うとそれが一気に消える」と話す。

 一方で、世代間でシマグチを話す障害になっているものの一つは「敬語」である。同じ協力者は「先輩方と話す時は、自分のシマグチが十分に丁寧かどうか分からないから、心配になる。だから代わりに日本語を使う」と話す。マーサさんは「多くの若年・中年層は先輩方に島ことばを話す勇気がなく、島ことばを話す世代は若年・中年層の〝不完全〟なシマグチを許容できない。両サイドからの問題があり、若年・中年層が先輩方に話す時には、日本語を使うことになる。」と考えている。

 実際、シマグチの敬語は複雑だ。マーサさんによると「キュン(来る)」という一つの動詞でも、動作をする人に向ける敬語(尊敬語)では「ウモユン」、聞く人に向けられる敬語(丁寧語)では「キャオン」、自分を謙遜する敬語(謙譲語)では「イッキャオロ」など、幾つも語形がある。特に謙譲語を記憶する人は80代以上で、ほとんど消滅しかかっている。敬語は仕組み自体が複雑である上に、年配の方から下の世代に使う機会が少ないため、若年層としては聞く機会も少なく、非常に習得しづらいものである。

 マーサさんは博士論文が書き終わったら、敬語のハンドブック(概説書)を作れないかと考えている。若い世代がシマグチで敬意を表す方法を学び、先輩方がその気持ちを汲んで少し歩み寄ることが出来れば、「人を敬う」奄美の大切な心と共に、シマグチが世代を超えて継承される大きな力になるであろう。

(日本学術振興会特別研究員/国立国語研究所)

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