みなさんは言語の名前を幾つ知っているでしょうか?
日本語、英語、ドイツ語、中国語…どんなに博識な人も、20個や30個を数えるのが限界ではないかと思います。 ところが、言語データベースEthnologueによると、現在世界には、約7000の言語があるそうです。 世界の国の数は200やそこらですから、1つの国の中にもどれだけ多様な言語が存在しているかが伺えます。 事実、中国やインドのような国では、国内に何百という言語(互いに通じ合わない)が確認されています。 このように、人間の言語は非常に豊かな多様性に富んでいるのですが、残念なことに、現在、世界の言語は急速に消滅しています。
言語の消滅は、その言語を話す人がいなくなってしまうことによって引き起こされます。
かつては、天災や戦争でその言語を話す人たちが居なくなってしまうということもありました。 しかし、現在、ある言語の話者がいなくなる一番の原因になっているのは「言語交換(language shift)」という現象です。 これは、あるコミュニティで話されている言語が、AからBへと入れ替わる現象を指します。 コミュニティの中の、ある世代でAからBへの言語交換が起きると、言語Aは次の世代に継承されず、やがて消滅してしまいます。 言語が「大言語」に集約されていくことは、ある側面では仕方のないことかもしれません。 言語は意思伝達のツールであるため、人はより多くの人とコミュニケーションが取れる言語を話したいと思います。
一方で、言語にはもう1つの側面があります。それは、言語が「文化の源泉」であるということです。
ツンドラ地域に住むイヌイットの人びとの言語には、「雪」を表す多彩な語彙があると言われます。 また、日本語の中には、外国語と比べて高度に発達した敬語体系があります。 このように、言語はその土地に生きた人びとの生活や思考、世界観を映すものです。 こうした側面のために、言語は集団帰属意識やアイデンティティを担う重要な要素になります。 実は、言語は標準語化に向かう一方ではありません。 ニューイングランドのある島では、外からの訪問者が増えることで、逆に言語が、その島独自の発音へと回帰した現象が報告されています。 人は、言語を通じて「自分達らしさ」を主張し、他者との差異化を図るものなのです。
言語と文化が分かち難いものであり、言語の消滅が文化の消滅に繋がるという発想は国際的に共有されています。 1991年にアメリカ言語学会が危機言語についてのシンポジウムを開催し、1993年に国際連合教育科学文化機関(UNESCO)で危機言語プロジェクトが発足、 2009年にはユネスコから「危機言語地図(Atlas of the World’s languages in danger)」 が発表されました。 UNESCOは言語の多様性を守ることが文化の多様性を守ることに繋がるとし、 専門家に危機言語の記録を進めること、そして危機言語を継承出来る環境を整えることを提言しました。 この地図には、2000あまりの言語が掲載され、日本からは「アイヌ語」「八丈語」「奄美語」「国頭語」「沖縄語」「宮古語」「八重山語」「与那国語」の8言語がこの地図に掲載されました。 「アイヌ語」は、北海道・東北を中心にアイヌ民族の人たちが話してきた言葉、「八丈語」は東京の八丈島で話されてきた言葉、 そしてそれ以外の6言語は、すべて奄美・沖縄諸島で話されている言葉です。 奄美・沖縄で話されている言葉の分類は、未だに説が定まっておりませんが、 重要なのは 「奄美・沖縄諸島全域で話されている諸方言のすべてが、危機言語であると認識された」 ということだと思います。
奄美・沖縄諸島は400年余りもの間、日本本土と異なる歴史を辿り、また島嶼という地理的隔絶性からも、島々に独特の言語文化を育んできました。 かつての標準語同化政策や、就学・就業上の制約、社会変化に対応する形で言語の衰退が進み、各地の言語は消えつつあると言われてます。 生きていくために言語を選択すること、そして時代に合わせて、言葉が変化することはやむを得ない側面もあります。 しかし、多くの人が日本語や英語といった“大言語”を当たり前に話すようになったいま、地域独特の言語の価値を見直す時が来ていると思います。 この連載では、奄美・沖縄の貴重な言語の特徴、その再活性化に向けた試みなどを取り上げたいと思っています。