沖永良部島の言葉は、島では「しまむに(島の言葉)」と呼ばれています。 島で「しまむにって何歳くらいの人が話しますか?」と聞くと、大体「60とか65歳以上じゃない?」と返されます。 ユネスコの「危機言語地図」にも、与論島・沖縄北部の方言と共に「国頭語」として掲載されています。
しかし、最近の研究で、実は30代後半以上の人であれば、しまむにをかなりの程度、 理解できることが分かりました。つまり、30代~50代の人たちは、自分で話しはしないものの、 しまむにの基本的な語彙や文法の知識がある「潜在話者」と言えます。 この「潜在話者」世代は、ちょうど子育て世代にあたるため、この世代が、 もう一度しまむにを使い始めれば、しまむにが子どもの世代へと繋がっていく可能性があります。
この点に着目し、潜在話者がしまむにを話すきっかけを創るプロジェクトが、 国立国語研究所の山田真寛准教授を中心に始まりました。 プロジェクトの名称は「言語復興の港」で、沖永良部島・多良間島・竹富島・与那国島において、 地域の人たちと共に、絵本の制作や島ことばバッチ・スタンプなど、さまざまなモノを制作しています。
言語復興の港プロジェクトは、2016年、下平川小学校・PTA・地域の方々の協力を得て、 夏休みの宿題として「しまむにに関する作品」を、家族で作るよう呼び掛けました。 子どもたちだけでなく「家族」を対象にしたのは、上で述べたように「親の世代」が言語継承のキーになっているからです。 4家族が参加し、しまむにの紙芝居、しまむにカルタ、しまむに日記、身体名称の調査、 歌のしまむにバージョンの制作などに取り組みました。
作品の制作を通じて、家族でしまむにに触れるきっかけが生まれ、しまむにの新たな発見もありました。 例えば、カルタを制作すると「しまむにには「ん」から始まる言葉がある」ことや「ら行から始まる言葉が少ない」 ことに気付きます。 身体語彙を調べると、しまむにには「みみ(耳)」など、日本語と同じ単語と「ちぶる(頭)」など、 日本語とは違う単語があることに気付きます。 日記を書くと、「しまむにには〝を〟にあたる助詞がないこと」をはじめ、 単語だけでなく文法の違いがあることに気付きます。 紙芝居を作ると「方言でも(共通語と同じように)物語が書けるんだ!」ということが分かり、 方言の独特な音に対する表記にも工夫が生まれます。 4家族は、18年2月に国立国語研究所の「えらぶむに(しまむに)ってどんなことば?」というイベントに参加し、 作品をつくった背景や、作品の紹介を行いました。
その後、4家族は「ひーぬむん(木の精という意味で、沖永良部島に伝承される妖怪)」というユニットを立ち上げました。 新しい仲間も加わり、現在も1カ月に1回、自分たちの方法で、しまむにや郷土文化を学ぶ時間を作っています。 また、島内で幾つかの発表を重ね、少しずつその活動が地域で認知され始めています。
しまむにや郷土文化を学ぶ「ひーぬむん」の子どもたち(撮影:竿智之)
このプロジェクトの素晴らしいところは、地域の人たちが、自主的に、世代を超えて言語継承に取り組んでいることです。 2016年の沖縄県の調査では「子どもたちに島ことばを話してほしい」と望む人は8割以上に上る一方で、 「家庭内で島ことばの継承に取り組む人」は半数に満たず、 「島ことばの講座やイベントに参加する人」は1割にも満たないことが分かりました。 沖縄県だけでなく、琉球諸島全域で、島ことばの継承に対する好意的な気持ちを、 どう実際の活動に繋げていくかが課題となっています。 下平川校区の取り組みは、始まったばかりではありますが、一つのロールモデルとして着目していくべき事例です。